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やわらかな傷痕

 怒りたくてしょうがない。私、秋葉は、秋の夕焼け空を見て、そう思った。
「ねえ、そうでしょう。琥珀」
 私は後ろに控えている琥珀を振り返った。琥珀はいつものように、本気で笑っているのか、そうでないのかわからない顔で、袂で口元を隠した。
「じゃあ、翡翠は?」
「答えは避けさせていただきます」
 と、無表情。
 取り付く島もありはしない、とはこういうことか。
 二人に答えを求めるのは諦めて、私はもう一度、暮れ始めた空を眺めた。
 しかし、思うのは怒りだけだ。
「どうして、どうして、どうして、どうして」
 いや、どうして怒っているのか私は知っている。こう、怒っていないと他の感情が、私の心の中に湧きあがってきてしまうからだ。
 どうして兄さんは。
 私を助けるために。
 いや、そんなことを思ってもしょうがないだろう。
 私が兄さんの立場だったら、同じ事をしただろう。ただ、それだけのことだ。
 私は首筋をなでる。まだ、あの時の感触が残っている。思い出す。あの時のこと。
「どうしようかしら」
 泣いているのは、性に合わない。過去だけを向いて生きているのも。悩んでいるだけも、大嫌いだ。
 だったら。
 私は、後ろで控えている双子に、精一杯の笑顔で向き直る。
「翡翠、琥珀」
 二人の表情が途端に明るくなる。
「このまま、こうしていてもしょうがないわね」
「そうですね」
 間髪いれずに、琥珀。
「兄さんね、どこかにいると思うの」
「そうですか」
 翡翠は無表情の中に、安堵の顔。
「じゃあね」
 私はここで、コホンと一つ咳払い。
「待ってましょ。ずっと」
「でも、待ってたら、私たちおばあちゃんになってしまうかもしれませんよ」
 私は、琥珀を咎めるように、腰に手をあてて。
「おばあちゃんなら、おばあちゃんで結構よ」
 そして、精一杯の笑顔で。
「かっこいいおばあちゃんになって、兄さんをおびやかしてやるんだから」
 そんなわけのわからないことなんか、言ってみて。
「琥珀、翡翠、寒いから屋敷の中に入りましょう。そして、毎日また平穏な、そして平凡な日々が続くけど」
 それはなんと幸せだったことか。
「待ってましょう。いつか、ひょっこり、あの薄ぼんやりした兄さんがくるのを待って」
 私は双子の背中を押す。
「そして、言ってやるの。こんないい女三人置き去りにして。責任は取ってもらいますからねって」

 前に作った月姫本から。
 秋葉ED補完。
 完売したのでこちらに移しました。