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水のない世界

 音も世界も何もかもが遠い。
 オレのマスター、バゼット・フラガ・マクミレッツが生き返るまで、いつも、まるで肺に一杯水を押し込められているような感じがしている。すうっと息を吸っても何もかもが遠い。水の中に押し込められたまま、世界を見てるような感じがした。
 オレの目が覚めると、いつもバゼットがソファに横たわって死んでいる。そしてじわじわと生き返る。生き返って、そして少しずつ彼女が息をし始めると、ようやくオレの肺の中も水も抜けてきて、ほうっと息をつけるのだ。
 しかし、まだ彼女が目を覚ますには程遠い。
 暇をつぶす為に、オレは小さなパズルを始めた。
 思い出すのは前回の死に方、その感想。マスターはオレよりも先に死んだ。泣き叫びそうな、悲痛な叫びを上げて死んだ。殺されたのは弓の騎士に。いいや、殺した相手なんぞどうでもいい。あの、時の、マスターの死に方。それをオレは何度も反芻する。もう一度見たかった、悲鳴を上げて死に立ち向かい、絶望の果てに諦めきれずに死ぬ。そのマスターの顔をもう一度。オレはふと立ち上がって、マスターの顔を見た。すうすうと安らかな寝息を立てている。見ているものは幸せな夢か、悪い夢か。そんなことはどうでもいい。
 もう一度。
 首に手をかけて、やめた。
 どうせ、この四日間を繰返せば、何度も何度も見れるのだ。オレは、また座ってパズルを始めた。前の四日間に買いこんだカロリーメイトがあって、それをオレはかじる。
 そういえば、犯すなら今のうちじゃあないか。
 手を出さない、そう約束はしたものの、ふとそんな事が頭をよぎる。犯して、泣き叫ぶ彼女とその後に惨殺されるオレを想像して、腕の中で泣かすよりも、死にあがいてわめく彼女を見るほうがいいな、そう思って最後の一欠けらを口に押し込んだ。
 水がとても欲しかった。


「ライダー、キャスター、アサシン……」
 バゼットは自分が倒したサーヴァントを指折り数えている。折りしも今日は三日目の夜で、さてリミットはあと一日。残りのサーヴァントを殺す算段を、オレたちは始めていた。
「あと、アーチャーっと。アーチャーはこの前殺されたっけ。よくまあ殺される前に、ヤツの対処方法なんて考えていたな、マスター」
「まあ、それぐらいは当然ですね」
「鼻が高くなってるぜ、マスター」
「え、あ、え?」
 どうしようもない突っ込みに、引っかかるマスターもマスターだ。一通りうろたえた後、真っ赤になって怒ってわめいて大人しくなる。
 それを待って、またオレたちは人殺しの算段を始める。いいや、人じゃないから人殺しではないだろう。サーヴァント殺しか。
「あとは……セイバーと、バーサーカー……。やっかいですね」
「やっかいもやっかい大やっかいだよ」
 片方は姉妹が扱う二人の騎士を相手にし、さてもう片方は、森の中の狂える英雄を相手にし、だ。どちらもやっかい大やっかい。生半可な覚悟では戦えない。もちろんどちらも、既に戦って死んで終わっている。あまりにも力が強大すぎて、オレの様な最低のサーヴァントじゃ手も足も出なかった。
「二人のセイバーもやっかいですが、命が七つあるのもやっかいですね」
 爪をかじりながら、マスターは一人ごちる。
「フラガラックで殺すのも限界が……」
 大きなため息をついて、マスターは床に倒れこむ。
 いやはや確かに限界だ。セイバーを全てフラガラックでどうにかしても、その後にはバーサーカーが七つの命を控えて待っている。さてバーサーカーをどうにかしようとしても、フラガラックでは三つが限界、俺が死んでも四つが限界。哀れバゼットは引き裂かれ、また最初の日へと元通りってわけだ。
 それはまた、死に顔が見れなくて寂しい。
 ふと口に出そうになって、俺はあわてて口をふさぐ。
 どうしましたか? バゼットはそんな俺を不審な目で見やる。
 危ない危ない。こんなことを口にしたら、俺は今すぐスタート地点へ逆戻りだ。それじゃあ、とてもつまんないだろう。
 バゼットは、また殺したサーヴァントの数を数えている。何回もループしていると、誰を殺してどれを殺してないかすぐわからなくなるのだ、困ったものだ。
「殺したのは、ライダー、キャスター、アサシン、アーチャー。生き残っているのはセイバー、バーサーカー、そして……あなた……おや?」
 指を折って数えて、そして首をかしげる。
「もう一人、いませんでしたか?」
「いないよマスター。サーヴァントは七人だけだ。それで終わり」
「……そうですね。どうしてでしょう、記憶に齟齬が」
「何度も、死んだり生き返ったりしてるから、な」
 歯切れ悪くオレは会話を打ち切る。
 本当の、槍のサーヴァントをバゼットが思い出すと、このループし続ける四日間が終わってしまうような気がしたのだ。
「ぼやぼやしてもしょうがない。さあ行きましょう」
 バゼットが立ち上がる。そしてオレもその後に続く。残るリミットはあと一日。完走しても一日、死んだら短くなるだけのこと。何が起こっても変わらない約束。
 聖杯はきっと手に出来ない。ただ、永遠にこの四日間を繰返すだけだ。
「それはいい事なんだろうか」
 オレはぼんやりと口にする。マスターには、オレの独り言が届かなかったようだ。何度も四日間を繰り返し、そして惰性で生きていく。オレは確かにそれを望んだ。しかしそれでいいのやら。
「そうだ、アヴェンジャー。これを食べておきなさい」
 差し出されたのはカロリーメイトで、マスターは、この味気ないビスケットがとても気に入ったらしい。もそもそと食べて二十四時間戦えますか。
 オレは、それを食べながら夜の道を歩く。
   やっぱり水が欲しかった。


 戻るはやはりあの部屋で、オレはまた死んだことが分かった。
 まだ、一日目にはなっていなくて、マスターは死んでソファに横たわってる。肺には水がたまっていて、音も何もかが遠かった。
 バゼットの死に顔は、悔しさで満ちていて、それがまたオレには心地良かった。きっとこれも惰性になっていくのだろう。肺には水がたまっていて、それでもやけに喉が渇いた。
 何度も何度も繰返す、惰性の日々が始まる。オレは確かに幸せだ。しかしこれで本当にいいのか。ああ、喉が渇く。
 水がとても欲しかった。