晴れすぎた空 |
祈ったのは毎日。それこそ、物心ついた時からすぐに。
いつも祈ってた。神に。何かに。神に?
*
私が、自分ではなく自分であることを知ったのは、ちょうど思春期を迎えた頃。
それまでは、なんてことは無かった。
普通の生活をしていたはずだ。
ご飯を食べて、眠って、笑って喧嘩して。人を好きになったこともあるし、憎んだこともある。そんな普通の生活をしていた。
死んじゃえばいいのに。そう思ったこともあるだろう。
それは、破れた幼い恋の末路かもしれない。
ただ、本気で、
死んじゃえなんて、思わなかった。
気づいたら、目の前には死体が一つ。
路地裏に引きずり込んで、殺したのは、どうも私であるらしかった。
がちがち、と歯が鳴った。
さっと顔から血の気が引いたのがわかった。
暖かさが欲しくて、顔に手を当てた。手も冷え切っていたけど、当てればどうにか暖かくなると思った。 違うかもしれない。もしかしたら、なにかにさわっていないと、正気が保てなかったのかもしれない。
顔をさわると、
ぬるりと
いつもの、乾燥した私の肌の感触ではなく。
べちゃりと
ぬるめった、温かいものが頬から、顎へと伝っていった。
「あ」
私はそれが何か心当たりがあった。
いいや、私はそれが何か知っている。
私の足元を汚し、スカートを汚し、手を汚した、
彼の血であるらしかった。
「ああ」
汚い。
私の白い肌が汚れてしまう。
彼に会うために買った、とっておきのスカートも汚れてしまった。
彼は私の足元に転がっている。
私に祝福の言葉を、愛の言葉を投げかけもせず。
いや、その前に声を出すこともできなくなった。
「とても、汚い」
私は彼が好きだったらしい。
本当に?
甘美なる血の感触を確かめながら、私はそう自分に問いただす。
本当に好きだったのか?
だって、目の前に浮かぶは金色の姫の顔。
残酷で美しい、私の姫君の顔。
*
彼女の眷属になり、そして彼女の後悔する顔を見た時に、私は恋に落ちていて、そしてその恋を成就させるために、長い年月を生きていたのだから。
こんな小娘の体の中に、生まれてきてしまったけれど、私の彼女はまだ私に気づいていない。
ならば私は彼女に、私を見つけさせるのだ。
期間は、長ければ長いほどいい。
死体に、いや死体なんて芸が無い。もっと嫌なもの。もっと彼女が嫌がるもの、それでこの街を染め上げたらどうだろうか。
「どうしようか」
楽しくて楽しくてしょうがない。
私のスカートを汚した死体から首をねじ切ると、空に放り上げた。
天を見ると、真っ青な空。目を射る太陽が見えた。
どうやら、私は雲ひとつ無い青空が大好きだったようで、とても嬉しく思った。
まず、私を、かの姫君の嫌いなものにしよう。
太陽に乱反射する、赤いものを見ながら、
「ああ、これも金色だ」
回る頭は、金の髪。
それは微かに血を飛び散らせながら、石畳にぶつかって、ぐしゃりと、崩れた。
*
目が覚めた。
いいや、目が覚めたという表現はおかしい。
私は蘇生した。
生き返った。
自分が死んだときのことを覚えている。
かの月の姫に、首をかき切られ、赤い血を吹き出させ、地面にどうと倒れたのを。
あの時、呼吸が途絶えたのを私は知り、心臓の鼓動が途絶えたのを感じ、すっと身体から血の気が引いたのがわかった。
街一つを、死の街に作り変えた。
そんなことしかできなかった。つまらない。もっと絶望した顔を見たかったのに。
今度はもっとすごいことを、彼女の想像の及ばないことをやりたいな。
そう思いながら、私は死んだ。
「なのに、どうして」
目を開けても真っ暗。
起き上がろうとすると、頭には障害物があって、ああ邪魔だと思って、私はそれをどけた。
上の板をどけて、起き上がると、先ほどとはうって変わって、様々な色の光が私を包み込んだ。
「あ……」
見上げれば、美しいステンドグラス。
そういえば、あの街のステンドグラスも私が壊してしまったな。最初に壊してしまった。
「もったいないことをしたわ」
そう呟き、あたりを見回す。
見覚えは無い顔だけども、見覚えある服の人々。
シスターや神父が、ほんの最低限、必要な人数だけいた。
そこで、私は。
今、自分の葬式が行われていることを知った。
私が生き返ったことを知って、最初に彼らがした事は、私を殺すことだった。
まずは心臓に杭を打ち込む。
死んだけど効果なし。
次は、杭を打ち込んで息が止まったのを知った後に、焼いて焼いて灰にした。
ちょっと生き返るのに時間がかかった。
じゃあ、次は八つ裂きにした後に、聖水をかけた。
効果なんてあるわけない。
そうして何度も何度も、彼らは私を殺す。
私は神に祈る。
忘れたことの無い、神への祈り。
かの女に捕らわれていた時も、欠かさず忘れたことの無い、神への祈りを。
殺されながら私は祈る。
祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って。
殺されなくなった、今も祈る。
祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って助けて
教会の手先になった今も欠かさない。
毎日祈っているのに、神は何も叶えてくれない。
一体神はどこにいるのかと。
神なぞ、どこにもいやしないのか。
それは、殺されるのに飽きて、自分で死ぬのにも飽きて、ならば自分を殺す方法はないのかと思い始めていた頃の話。
結局、どうやら大元を殺すしかないとわかり、私はあの女を探し回った。
女は普段城で眠っているらしいが、城の場所はわからなかった。
どんなに調べても、わからなかった。
じゃあ、次。
昔の私は、能力のある金持ちの子供に転生する。
その場所さえつかめていれば、そこを張っていればいいと。
場所はわかった。
極東の小さな島国の、それもとても小さな範囲。
この前大仕事を終えたばかりで、教会からぶんどった休みもあることだしと、そこでしばらく暮らすことにした。
平和な毎日。なんて平和な人生。
暇で腐ってしまうので、暇つぶしを考えた。
近くには学校があった。
そういえば、私は学校に言ったことが無かった。
同じ世代の友人、共同生活。学校。
そんな響きに憧れて、私はそこにこっそり入学した。
恋をした。
あの時の彼に似ていたのかもしれない。
何故、好きになったのかはわからなかった。
彼が、私の目的の一つだということは知っていた。
ただ、それでも彼が慕ってくれることは嬉しかったし、いつか処分する日がくるまでは、私は彼と一緒にいようと思ったのだ。
私は祈る。
彼が、私の求めていたモノの一つではありませんように、と。
そんなことはないのだけども。
「先輩って、いつも祈ってるの?」
彼は私の手に、自分のを絡ませそう尋ねる。
「そうですね。毎日の習慣になってしまいました」
「やっぱり、クリスチャンなんだな」
「そうですか? やっぱりそう見えるんですね――」
私は、彼に指をさらに絡ませる。
少しだけ湿った手のひらは、私の乾いた肌とは違い、すっと身体になじんだ。
*
毎日祈って祈って祈って祈って。
目の前にはかの女の顔。
美しい紅い瞳、金の髪。まさに、月姫と称するのがふさわしい彼女がそこにいる。
私は震えが止まらない。
恐怖と、そして羨望が入り混じった顔で彼女を見る。
私は彼女には、かなわないだろう。
絶対的に、力が違う。
まるで象に対峙した蟻のように。
私が何人もいれば、彼女に勝てるのだろうけど、あいにく私は一人しかいない。
祈って祈って祈って祈って。
心は躍る。
楽しくてしょうがない。
しかし、彼女を殺すための牙も、私の手の内にある。
まるで、それは恋のようで。
いいや、私はずっと恋をしてきた。
今の恋とは違う、昔から、ずっと前から私に植え付けられてきた恋。
神なんぞに祈らない。
私は私のために祈る。
私の目に映るのは、私の世界。
彼女が私の喉を締め上げた。
ごふり、と血が私の口元からあふれ出る。
それじゃ、世界は終わらないのに。
武器を彼女に向ける。
私は祈る。
明日は世界が壊れてしまいますように――。
前に作った月姫本から。
シエル先輩の話。彼女は葛藤が多そうで書きやすいです。琥珀さんとかも。書き難いのはアルクかな〜。
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