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星を食べる

 イリヤは夜空を仰ぎ、そして手のひらを空に向けた。
 夜空には、いくつもの星が瞬いている。
「夏よりも、冬の方がよく星が見えるよね。お兄ちゃん」
 お兄ちゃん。そんな呼び方に、士郎は冷や汗を流した。この呼び方をしてくる時に限って、イリヤはロクな事を言わない。さあ、今度はどんな無理難題を言われるのか。
 しかし、そんな士郎を気にかけず、イリヤはくるくると回っているだけだった。息が白い。雪はまだ降ってはいないが、今にも降り出しそうなそんな寒さだった。
「寒くないのか、イリヤ」
「ううん、全然」
 イリヤは寒がりだ。コートに帽子手袋と完全装備でいても、寒い寒いと言い出す。しかし今日に限っては、まったくそんな事を言い出さなかった。
 衛宮亭の庭で、さらにイリヤはくるくる回る。
 まあ、本当にやばそうだったら、すぐに連れ戻せばいいか。そう思って、士郎はジャンパーの襟を首もとに引き寄せた。吐き出す息は、煙でも吐いてるかのように白い。
「星が見えるね。あれは、オリオン座、かな?」
 夜空を指差す。夜空には見慣れた三つ星が並んでいた。
「そうだな」
 こんなイリヤは、ずいぶんと子供らしくて可愛い。妹の他愛ない遊びを眺めている兄のような気分で、士郎はうんうん頷いた。
「白いの、赤いの、青いの」
 イリヤはてんてんと指をさす。そしてじっと見て。
「欲しいな」
 そんな事を言った。
「は?」
「お兄ちゃん。私は星が欲しいな」
 猫なで声でそう近づく。その口調に士郎は聞き覚えがあった。そうあの言葉。私の物になってよ……そんな言葉と同じ。無邪気で残酷なその声だった。
「ねえ」
 苛立たしげに、イリヤは士郎の袖をつかんだ。ぐいぐいと引っ張る。それに対して、士郎は困惑したままだ。それはそうだろう。だって、空の星はどうしても取れないものだから。
「駄目だ、イリヤ。星は取れないよ」
「でも、どうしても欲しいわ。空の星。あのオリオンの三連星の一つでも」
「ロケットに乗っても行けないぞ」
「じゃあ、ロケットに乗るわ」
「星は空の物なのに?」
「そんなの関係ない」
 イリヤは、きっと士郎をにらむ。手に入らないものでもどうしても欲しい。それはあの戦いの時のイリヤの姿を思い出した。
 士郎は悩む。だって、星は空の物だから。空の物ではないとしても、ロケットに乗って飛んでいかなくては。そんなの無理だ。無理は当然の事!
「それでも欲しいの」
 イリヤは今度は空をにらむ。手を伸ばす。手を伸ばせば届きそうなほどに、空に星はたくさんあるのに、イリヤの手には一つもそれは取れやしない。
「バーサーカーに投げてもらうとか」
 ぎりぎりと爪を噛みながら、イリヤは考えを口に出す。それはなんとも恐ろしげで、そして愛らしい方法だった。
「きっとそれは、柳堂寺あたりで着陸だな」
「そうよね、そうね。お兄ちゃん。じゃあ、やっぱりロケット? 聖杯戦争でも起こして……」
 既に手段を選ばなくなってきている。慌てて士郎はイリヤを押しとどめた。星が欲しいが為に、聖杯戦争を起こされてはたまらない。
 イリヤは空に向かってぴょんぴょん飛び跳ねる。それだけでは足りなくなって、土蔵から梯子を持ち出す始末。  これでは、イリヤが怪我をしてしまう。
 うーんと、士郎は考え込む。イリヤをどうにか納得させる方法は無いか。いい加減、最後にはバーサーカーを出してきて、イリヤは空を飛ぶだろう。そして柳堂寺に着陸だ、どすんと。
 それはいけない。
「あ、そうだ」
 ぽんと、手を叩いて、士郎は家の中に目当ての物を探しにいった。

「イリヤー」
 梯子をよたよた立てかけて、登り始めようとするイリヤに士郎は大声で声をかけた。
「なあにー。お兄ちゃんー」
 梯子をそのままに、イリヤはとてとてと士郎に近づいてくる。
「なあ、イリヤ。星があるんだ」
「星! 本当!?」
 イリヤの顔が輝く。あの星が手に入るのだ。士郎はどんな魔法を使ったのだろう。そんな顔。
「本当」
「そう、ちょうだい! 早く! 嬉しい」
 イリヤは手袋を脱いで、士郎に手を指し出した。その手は寒さで既に真っ赤になっている。
「ん」
 士郎は後ろ手に隠した物を、イリヤにさしだした。
 それは。
「こんぺいとう……」
 そう、それは星に似て異なるもの。甘い甘い砂糖菓子。とげとげの外見と甘い中身。それが、セロファンに包まれてリボンで飾ってあった。
「そう」
 イリヤは口をむっと結んで、顔をしかめたり考え込んだり。金平糖をしげしげ眺めて首を傾げ、感触を楽しんだ。
 リボンを解き、手の上に載せる。白いの青いの赤いの、ピンクに黄色に緑、色とりどりの星に似た物がイリヤの手に躍り出る。
「星」
「そう、星」
 士郎は微笑んだ。
「そうね」
 イリヤは、それをわっと口に含む。砂糖の味、かすかに薄荷の味が混じる。そんな甘い砂糖菓子を口の中で頃がした。
「これは星じゃないわ。私が欲しいのは本当の星」
 イリヤは、手を天に上げる。士郎は困ったように眉根を寄せた。
「でもねお兄ちゃん」
 イリヤはバリバリと、星を噛み砕く。
「今日はこれで我慢してあげる。いつか、本当の星を取りに行こう」
 イリヤは笑う。
「そうだな」
 士郎も笑う。
「じゃあ、イリヤ。もう中に入れ。いい加減イリヤが風邪を引いちまう」
 士郎は小さく冷たいイリヤの手を引いて、中に引き入れた。
「うん」
 イリヤが最後の星を、士郎の口に入れる。
 ぽかんとしている、士郎を置いて、イリヤは廊下をばたばた駆けていく。
「ね、シロウ。私一緒に本当の星を取りに行きたいな!」
 握った手を唇にあてると、かすかに薄荷と砂糖の味がした。その味を口の中で無くしながら、士郎はイリヤの後ろをゆっくりついて行った。
 雪が降り始めていた。