あかいふくはせいぎのしるし |
ブロードブリッジでの戦いも一息つき、天を見るとキャスタがー羽根を折りたたんで降りてくるところだった。バーサーカーとイリヤは目の前をウインクをして通り過ぎ、さて桜は生きているだろうかと、赤いコートの袖で汗をぬぐった。ふと見ると私のサーヴァントが、干将莫耶を下げて、少女漫画のような階段の果てを見ていた。そういえば彼は無事にたどりつけているだろうか。足を踏み外してまっ逆さま、なんてことになってなければいいけど。
そんなことを思って、私はアーチャーをもう一度見た。
夜風には赤い外套が翻っており、ふと私はやつがこの間まで、この服を着ていなかったことを思い出した。
この、よくわからない赤い服を脱げば、百歩譲ってどっかのバンドマンに見えるだろう。しかしこれを身に着けると、どこからみてもどこぞのコスプレイヤー。どっかの戦隊ものかアニメにこんな服があるのかしらん。でも、過去も未来にもこいつにコスプレ趣味なんてあろうこともなく、それならこういう服が未来に流行ったのだろう。
……ちょっと嫌だと思う。
八十年代のボディコンやあのトサカ頭なんかも今にして思えばコスプレみたいだし、今はやりのゴスロリも、コスプレといったらコスプレだ。十年もたてば、すごくおかしい物になるだろう。
でも、だ。
このずるずるした、コスプレみたいな服も嫌でしょう、ねえ?
そんなわけで聞いて見たのだ。
「ねぇ、アーチャー?」
「どうした。凛?」
「その服って、未来に流行ったの?」
「は……?」
そのままアーチャーが呆けること十秒、そんなに止まってたらいくら今の優勢な時点でも獣にかじられるわよ、アーチャー。ほらかじられた。
「なっ、何をいきなり聞くんだ、凛っ!」
獣をふるい落としながら、アーチャーはそう聞いてくる。まぁね。普通戦闘中にそんなこと聞かれたら、誰でも驚くわよね。うん。
「いやねー。そんな服、未来に流行ったらいやだなあって思ったの」
「それでも、TPOというものをせめてわきまえてはくれないだろうか」
干将莫耶で、ざくんと獣を切り落とす。その動きは投げやりで、どうも八つ当たりのように見えた。
「それも考えたんだけど」
ガンドで私は獣をばきゅんと。
「こっちは優勢だし、気にしだしたらどうしようもないしで、これは今聞いておこうかなーと」
「聞いても意味ないだろう」
「ううん、あるわよ、ある」
だって。
「将来、私もそんな格好して歩くのやだなあと」
「……」
今度は川に落ちそうだ。どうにか持ち直して、額に手を当ててアーチャーは格好つけた。あのねアーチャー。頭に獣がかじりついている状態で、格好つけるのは逆にギャグにしか見えません。
「もし流行だとしても、それは君が着なければいい事では」
「そう思う?」
獣をもっかいガンドで撃ち殺す。
「もしそれが大流行りだったらね、スカートも何もかも、そんな服の影響を受けるのよ。いくら私がミニプリーツが好きだとしても、もしかしたらその時代は私が着てる服がすごくダサくて、すごくいまいちなものになるじゃない。いや、ミニプリーツはいいとしてよ」
嫌な想像をして、私は震え上がる。
「その腰のびらびら、それをつけてミニスカなんて……」
ねえ、とアーチャーに指を突きつけ、
「モノホンのコスプレじゃない!」
天に拳を突き上げ勢いよく、私は青年の主張をする。うん、この主張はアーチャーにしっかり通ったわ、そんな感じでアーチャーの方を振り向くと。
ヤツはものすごく真面目な顔をして、
「それはそれでいいかも……」
なんて呟いていた。
首をめがけてとび蹴りを放ち、このままアーチャーが獣に食われてもいいかな、なーんて思っていたら、アーチャーは元気に敵を全て倒していた。服に歯型がついてます。
「いやいや、凛。安心してくれ。未来にこんな服は流行ってない」
あ、良かった。
普通のブラウススカート万歳。
なーんて思っていたら、
「これは私が作った」
「……は、い?」
「そんなに呆然とすることか、凛。今度は君が獣に食われるぞ」
「そんなことないわよ」
アーチャーが私の背後の獣を殴り倒す。
確かに、もう少しで私に獣がかぶりついていただろ。そんなに私は驚いていたのだ。
だって……だってね……。じゃあ……。
「じゃあ、アーチャー。立体裁断、ミシン、手縫い?」
私はその質問をしながらも、漏れ出す笑いを抑えるのに必死だ。
だ、だってねえ。
「じゃ、じゃあ、赤いその服も趣味? もしかして正義の味方だから、赤ーって?」
「い、いや、そんなことはない」
いいや、そんなことがあるのが、その表情から物語っている。
「は、はははは。正義の味方だわーいって、その布使って縫ったわけ。正義の味方はこれだって!」
「うるさいな、凛! 目の前の敵を倒せ!」
「倒してるって!」
笑いながら。
「もう12時になるし、戦いも終わるわよ……ひー、おかしー。せいぎのみかたはあーかー」
謎の節をつけて、私は歌う。
この男をおちょくるなんて、滅多にないこと。次の日までははもうすぐだ、それまでしっかりからかおう。
「ちっくちくちっくちっく、縫ってーみたー。正義の味方の赤い服ー!」
「歌うな、凛ーーーー!」
私の歌と、アーチャーの悲鳴が夜空にこだまする。どうせそろそろ今日は終わるのだ。このループした日々よさようなら。ならばしっかり遊ばせて貰おう。
「正義の服はこれなんだー。縫って見たよ赤い服ー。家でちくちく内職だー」
「凛ーーーーー!」
私は、勝手にメロディをつけて夜空に向かって大声で歌う。アーチャーが口をふさごうとするが知ったものじゃない。こんな楽しい事があるかしら!
アーチャーの絶叫は、さて天の彼らにも届いているかしら。届いたらもっと可笑しなことになるだろう。
ぷつりと意識が途切れるまで、私は声を張り上げて、アーチャーは悲鳴を上げていた。
朝。すずめの合唱を聞きながら、私は目を覚ました。
覚ましたといっても、まだくっつきたいまぶたをどうにかなだめての起床だ。ふとんとお友達になりたい身体を引きずって、台所へ。牛乳を一口。目を覚まして身支度。着替え。
「……着替え」
なんか赤い。
いや、私の私服は赤が多いのだが、これはなんというか、違う質感の赤。
慌ててたんす、クローゼット、果ては納戸までを開けて大捜索をはじめる。
「や、やられた……」
私服はおろか制服、浴衣など、下着以外は全部隠されている。そして着替えを見ると。
「なにこのコスプレ」
アーチャーのあの服が私サイズになっておいてある。それとミニスカだ。
「やられたわ……」
あんなに昨晩の事を根に持ったのだろうか、アーチャーは。いや、うん根に持つだろうなあ。かなりひどいことやったし。
その服はどうも突貫工事で作ったらしく。
「ふ……ふふふふ……」
握り締め私は笑う。地の底から噴出すような笑みを。
この猫パジャマで外出できないだろうか。いいや、まずあったら半殺しだ。いやバツゲームに特攻服でも着せてやろうか、「正義命」と刺繍もして。
しかし、まずはじめに私がすることは一つなのだ。
「アーチャー! 出てこーい!!」
まずはそれから。
最初の毎日はそれからだ。
馬鹿ねたです。友人と、アーチャーが自分の服を自分で縫ってたらおかしいね、と話したことからこんな話ができました。
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