web拍手
web拍手
web拍手
TOP PROFILE 日記 小説 同人誌 えちゃ LINK 見習い3級へ
はこにわ

 はこにわに居る感覚がする。桜はジャガイモの皮をむきながら、何となくそんなことを考えた。それを水にさらしながら、なぜそんなことを思ったのかと、首を振る。
 次はにんじん。何度も世界を繰返しているような、そんな既視感を覚えた。同じことをして、時折違うことをして、そして同じ毎日を繰返す。確かに食事の支度は毎日のことだけど、それでも何かおかしい感じがする。
 塩水で、じゃがいもをぐつぐつ煮なくちゃ。思考は複数にまたいで紡がれる。なぜか思う繰返す毎日と、ポテトサラダの作り方、そういえば今日の宿題はまだ終わっていない、そんな思考がぐるぐる廻る。
 塩が足りない。
 塩が入っているタッパをあけると、そこはジャガイモを煮るには到底足りない分量しか残っていなかった。塩は戸棚にあったはず。背伸びをして、上の戸棚を空ける。塩の袋は見えたが、それにはなかなか届かない。爪先立ちをして、精一杯に手を伸ばす。それでやっと塩の袋にふれたかふれないか。全然届かなければ台を持ってくるのだけど、それは必要ない、そう思うだけの距離だ。もう一度精一杯手を、足を伸ばす。
「きゃ」
 足が震えた。バランスを失って、桜は後ろに倒れる。頭の、はるか下は床だ。すぐに、鈍い音がして、桜はしこたま頭をぶつけるだろう。その未来を想像して、桜はぎゅっと目をつぶった。
「あれ?」
 覚悟してもそのときは訪れず、その代わり桜の身体はしっかとたくましい腕に抱かれていた。その手は何も覚えがないはずなのに、なぜか覚えがあった。
「アーチャー……さん?」
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
 アーチャー。姉のサーヴァントだ。名前と外見はよく知っている割に、あまり桜は彼のことをよく知らなかった。逞しい体躯に浅黒い肌。若いのに白髪で、さて生前はどんな英霊だったのか……。
 いやいや。
 そんな考えを、首を振って追いやる。
 もっと不思議な疑問があったのだから。
「どうして、ここにいるんですか?
 もっともな疑問だ。
 いくら凛のサーヴァントといえ、彼は今まで衛宮亭に入った事はなかったはず。いや、桜が知っている限り、彼がここに入ったことはない。それが、どうして、こんなところに。
「凛に……。いや、いいだろう。ちょっと凛を待っていてね。手持ちぶたさなんだ。手伝おう」
「はい?」
 なんていってるうちに、アーチャーは手早くエプロンをつける。それは士郎のもので、そして戸棚の中にあって、初めて入った人が探すには至難の代物。どうして? そう思うが否や、アーチャーは料理を進めていく。すんなりと包丁を出し、すんなりと調味料をさがし、すんなりと鍋を見つける。普通は戸惑うはずのこと。しかし、彼は戸惑うことなくさくさくと料理を進めていった。
「これは、どうかね」
 味見の皿を、桜に差し出す。それも覚えがある味で。だって、それは桜に始めて料理を教えてくれた人の味。ここにはいない、ここにはいる人の味。
「せ……んぱ……い?」
 泣きそうな顔をして、桜はアーチャーの顔を見た。アーチャーも困ったような、そして確実に自分を見つけられるように動いた自分を恥じてなのか、口の端に笑みを浮かべていた。
「せんぱい……?」
 アーチャーは答えない。
 桜はただアーチャーを見ている。答えてください、答えないでと。答えれば、虚像が崩れてしまうような気がして。彼が彼の未来ならば、彼の平穏な人生はないはずで、一縷の望みの自分と結ばれる人生もないはずで。でもなぜか答えて欲しい。彼の未来が、自分を気にしてくれたこと。ただそれだけが嬉しいのか。
 もう、なぜか悲しいけれど、何が嬉しいのかわからなくて。
 涙が、桜の頬を一筋伝った。
 アーチャーはエプロンをはずし、困ったように笑って、
「でも、桜」
 くしゃりと桜の髪をかき回し、
「それでも、ずっと君の幸せを祈っている」
 涙を拭いて、
「君が泣かないよう、ずっとずっと祈っている」
 桜は顔を覆う。何が嬉しくて何が嬉しくないのかわからないのに、涙がただ溢れてくる。
 ただ嬉しいのは、彼がずっと優しく髪を撫でてくれることだけだった。
 未来が望むものでなくても、ただ今が。