敗走 |
それは、初めての、そして最後の負け戦だった。
アーサー王は疲れ果て、死体の山に膝をつく。剣を杖にして立ち上がろうとも、錘がついたように立ち上がれない。重い息を吐いてふと下を見ると、既に死にそうな兵がいるのに気がついた。
ひゅうひゅうと息をし、とても苦しそうだった。敵だろうと味方だろうと、ここはすぐに楽にしてやるのが騎士の情けだろう。そうアーサー王は思うのだが、剣を取る手は重く、どうしても動かせなかった。
どうしようもなくて、その兵の手を取った。民のために王はある。しかし、何も出来ずに敗走している自分はなんなのか。ぎゅっと目をつぶると意識が落ちた。
目を開けるとそこは自分がいる場所とは違い、名前もアーサー王からまた違う名前になっていた。セイバー、騎士の英霊、それは今の自分の名前。自分に主がいることが、その主の為に、正義の為にこの刃を振るえると聞いて嬉しく思った。
すぐに、自分の正義なんかかけらも通らないことを思い知った。
「何を……」
セイバーは自分が怒っているのがわかった。
怒っているのは誰でもない、自分の主にだ。紫煙のにおいがする自分のマスター。川をぼんやりと見つめている、自分のマスター、衛宮切嗣にだ。
「何だ?」
衛宮切嗣はセイバーを見もしない。完全に船が沈んで、誰も浮き上がってこないことを確認し、その場から足早に離れようとする。その後ろをセイバーもついた。
「あのような、やり方。騎士道にもとります!」
「知るか」
「知るか、じゃありません。どうして、私にサーヴァントの一騎打ちをお許しにならない! 私ならば!」
「私ならば?」
「私ならば勝って見せると!」
衛宮切嗣は、興味なさそうに口にくわえていた煙草を捨てた。
「ふざけるな、馬鹿サーヴァント。そんなことを言ってると、魔力切れですぐ死ぬな」
「な……」
「自分を知らないからだ、小娘。黙ってろ。お前は俺の言うとおり動いてろ」
「ですが!」
「うるさい。さっさと武装を解け。その格好じゃ目だってかまわん」
ぎりりとセイバーは唇をかむ。
「自分のプライドの為に犬死か? そんなプライドなんぞ犬に食わせとけ。ふざけるな。俺の為に、聖杯の為に動いていればいいんだ」
「ですがマスター」
「黙ってろ。お前は道具だ」
口をつぐむ。悔しさがあふれ出す。この悔しさは何処かで感じたことがある。あの敗走の日、あの兵士を見た日だ。
唇をかんで、あふれ出す思いをかみ締める。勝利を、永遠の勝利を約束に私は聖杯戦争に望んだのでは? そう思いを殺し、武器に徹しようと思う。あの凱旋の日々を胸に生きよう。そう考え、衛宮切嗣の背中を見ながら歩いている。
と、どん。とぶつかった。
「……敵だ」
手に提げている鞄からは、多彩な武器が出てくる。この武器があれば私なんていらないのじゃないか、そう思ってセイバーは自分の武器を取った。
戦いは続く。それは、誰の為でも無く自分の為で、民の為の王がこれかと、セイバーは自分を浅ましく思った。
目を開ける。
意識を失っていたのは一瞬で、それでもその一瞬が命取りになるとアーサー王は自分を恥じた。
遠くでは怒号が響き、血の匂いが漂ってくる。私はそこにいかなければ、そう思って立ち上がる。身体は先ほどより軽く、すんなりと立ち上がることが出来た。
かくん、と何かに引っ張られた。
みればぎゅっと手を握り締めていた兵士は事切れていて、ただそれでも兵士は手を離してはいなかった。
その寝顔は安らかで、ああ良かったと素直にアーサー王は安心した。
アーサー王は血の山から、時の声を上げ駆け出す。
脳裏に悲しい夢がこびりついている。それはまるで胡蝶の夢のようだ。
どうか、次は幸せな夢を。
そう思い、またアーサー王は戦場へ戻る。
見果てぬ夢を追いかけながら。
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