ワレハコウ |
「滝川機。壬生屋機の援護に回れ」
もう一度、戦場を見回し、大きくため息をつきそして善行はマイクに向かう。
「滝川機」
見れば、壬生屋の乗る士魂号は幻獣の猛攻にさらされ、すでに大破しかかっている。いつものことだ。滝川機は動かない。いや、展開式増加装甲のつけすぎで動けないだけか? なんにしたって、いつものこと。
大きく息を吐いて、もう一度マイクを取る。オペレーターの瀬戸口に目配せし、息を吸い込む。
「壬生屋機、突出するな。陣形再編用意」
はっきりいって、もう遅い。しばらくしてから、ほうほうの体で壬生屋が逃げ出すだろう。それでも言うしかない。速水・芝村機は、今ミサイルを射出し幻獣たちを一掃しようとしている。援護に出せるのは滝川機だけだ。しかし、その滝川機も動けない。動こうとしないだけか?
「壬生屋機。脱出します」
「滝川機、速水・芝村機の両機は壬生屋の援護に回れ」
この戦いで、何度も言った言葉。ずり下がる眼鏡を人差し指で上げ、奥歯をかみ締め、善行は喉の奥から出そうになる言葉を押しとどめた。
壬生屋が退陣しても、速水・芝村のミサイルでどうにか戦況は押している。どうにか勝てそうだ。緊張がゆるんだ。
「攻勢に出ます。陣形再編用意」
陣形再編? 確かにスカウトはそれほどやられていない。5121小隊の面々は全て無事だ。しかし、この統制の無さはなんだろう。士魂号を一機また失って、そしてこれからそれの調整のための時間が必要だ。
子供だからか?
それならば自分も子供だろう。若い司令、それよりも若い戦士たち。戦争に勝ってそれからどうするんだ? ぐるぐると考えが回る。コンソールに手をついて、善行は自分の身体を支える。目は冷静に戦況を観察し、それに対する回答を探し、脳を駆け巡る。
「勝つことだ、それからだ。目の前のことは考えるな。それだけだ」
勝つための、思考をとばすための呪文を唱える。そんなことを考える必要は無い。全ては勝利のため。男と女が最後に立っていれば、それが勝利ではないか?
*
「速水・芝村機、ミノタウロス撃破」
瀬戸口が、最後に残った幻獣が倒されたことを告げた。
どっと緊張が抜けた。汗が背中を駆け抜けていった。大きく安堵の息をし、そして到底品が良いとはいえない、硬いそなえつけの椅子に深くもたれる。
「どうにか勝てましたね」
「そうですね。でもまだ休戦には遠い。今は毎日を生き延びるだけで精一杯ですよ」
瀬戸口が差し入れてきた、水を軽く口に含む。今日は何時間、物を口にしていなかったろう。喉がからからだったのに気づいたのは、水分が口腔を通り過ぎていってからだった。
ウォードレスの金具を緩める。筋肉が弛緩する。心地よい疲労が身体を駆け巡る。見ればののみが椅子にもたれうとうとしていた。中村がアクセルを深く踏んだ。
「『勝つことだ、それからだ。目の前のことは考えるな。それだけだ』」
朗々と、瀬戸口が詩の朗読でもするように、宙に文を読み上げる。それは先ほど善行が口にした呪文だ。
「覚えていたんですか」
「司令がよく戦場で口にしている言葉ですよ。我々オペレーターが覚えたって不思議でないでしょうが」
「そんなに言ってました?」
「言ってましたね」
唇を軽くかむ。軽い不快感を感じた。それが別に恥ずかしいことではなくとも、癖を口に出されるのは嫌なものだ。しかし努めて表情には出さず、善行はコップに口をつけた。
「戦争続きますかね」
瀬戸口がありもしない空を見る。
「続くでしょう。なにしろ勝たなければ私たちは全滅です。休戦も講和条約も無い」
「幻獣には口が無いから?」
「そう」
何を言い出すのだろう、この男は。善行は目の奥で真意を探す。幻獣講和派なぞ、ばれたらすぐに銃殺刑だ。司令である善行にそれを話すなど自殺行為もいいはず。
「本当に?」
「事実口は無いでしょう」
目を合わせないよう、お互いの顔色を疑う。
「もしかしたら知らないのは俺たちだけで、本当は上層部は知っていたとしたら?」
「それはもし知っていたとしても、私たち兵隊には意味が無い。それは上が考えること。私たちの仕事はそれに従うことじゃないですか」
瀬戸口の表情はひとつも変わらない。いつもの世の中を斜に構えきった態度だ。いつ自分の生命がどうにかなろうという会話でも、腕を組み唇を吊り上げ笑っている。善行は続ける。
「寂しいねえ。でもどうして?」
「我々には敵が必要だから、ですか? 荒廃しきった世の中。大人たちは数少なく成長していない子供たちが戦っている。それを思想的に統制し導くためには・・・」
何を言っているんだ。脳が警鐘を鳴らす。まずそんなことはありえないではないか。ならば何故今日本とアメリカを残して人類は全滅したのか。
口に手をあて、考える。負の答えばかりが脳内を回る。
「司令。違う」
瀬戸口が腕をとく。
「司令は真実の近いところにいるばかりに、真実を知らない」
「真実がなんだというのです。真実など無い。あるのは目の前にある事実だ。戦争という事実」
善行は怒ったように、コンソールに手を叩きつける
。瀬戸口は動じない。ただ悲しそうな顔をしているだけだ。
「私には義務がある。5212小隊22名の無事と戦場からの帰還。真実を知るのはそれからだ」
瀬戸口を善行は睨みつける。瀬戸口はそれに動じさえしない。軽く眉根を動かしただけだ。
「瀬戸口十翼長。あなたは真実を知ってどうするのですか? いや真実を知っているというのですか」
瀬戸口が口を開く。
「俺は・・・」
「けんかはめーなの」
先ほどまで眠りこけてたののみが、瀬戸口の指をひっぱり、善行に怒ったふうの目を向けた。 「けんかはめーなのよ。タカちゃん、いいんちょー」
めーと、怒るふりをして笑う。 「笑わなきゃ。せんそーなのよ。笑わなきゃ。つらいときはね、笑うの。そうおとうさんがいってたの。だからね、タカちゃん、いいんちょー」
そのまうなだれる。目の筋に一瞬だけ光が走った。指揮車が止まる。
「ついたばい」
色気もそっけもない、中村の声。彼は今のことをどう思ったのだろうか?
陽気な彼の声からは何も感じ取れなかった。
瀬戸口がののみを抱え上げた。装甲車の扉から光が漏れる。瀬戸口が車から降りつつ、善行に向かって片目を閉じた。
善行は肩をすくめる。そして、奥歯をぎりりと噛んだ。
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